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ベルリン国立歌劇場【イタリアのトルコ人】

2010. . 11
Staatsoper Unter den Linden Berlin
G.Rossini “IL TURCO IN ITALIA” 

2009.12.20 Sun 19:00

Donna Fiorilla・・・・・・・Alexandria Pendatchenska
Don Geronio・・・・・・・・・Andrea Concetti
Don Narciso・・・・・・・・・Colin Lee
Selim・・・・・・・・・・・・Giovanni Furlanetto
Zaida・・・・・・・・・・・・Katharina Kammerloher
Albazar・・・・・・・・・・・Florian Hoffmann
Prosdocimo・・・・・・・・・Alfredo Daza

Inszenierung・・・・・・・・・David Alden
Musikalische Leitung・・・・・Riccardo Frizza

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ベルリン国立歌劇場は、開演15分前に残っているチケットを学生に€13で販売している。開演1時間前に窓口に行ったら係員のおばちゃんにそう言われたので、時間つぶしに€5のバックステージツアーに参加した。ガイドは全部ドイツ語でほとんど分からなかったが、舞台ではこの「トルコ人」の仕込みをしていた。次の日の「魔笛」の装置が脇にあり、奈落には「ボエーム」のカルチェ・ラタンが隠れているのも見せてくれた。パパゲーノの羽衣装も触らせてくれたし、歌手が入る前の楽屋の中も覗いた。言葉はほとんど分からなくてもオペラやキャラクターの名前が分かると結構楽しめるもんだと思った。

客席から見ると舞台装置って華麗に見えるけど、本当はベニヤむき出しの張りぼてだったり、安っぽい感触の小道具や衣装だったりする。まぁ歌手の動きやすさなどを考えたらそうなるのはもちろんのことだけど、舞台で歌い、演じている歌手たちは観客が思っているより優雅な気持ちになっているわけではないんだろうな。ゼッフィレッリがメトの「トラヴィアータ」で本物のアンティーク家具、クリスタルの杯を使って歌手もノセようと考えた裏にはこういう事実があるからなのかな、と妙に納得した。客席からは100均のグラスでも分からないようなものなのに。

さて、オペラ本編の方もルーティン公演にしてはなかなか楽しめた。音楽的にというより、単純にコメディとして。席が前から6列目の中央(€13!)だったから歌手の表情まで見えたせいもある。このオペラ、実演に触れるのは初めてだが「セヴィリア」よりも良くできたなかなかの傑作だと思う。

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年期の入っている座席の椅子

筋を現代風に平たく言えば、外国人に心がグラついてしまう人妻、そして妻の心を取り戻そうと、今まで行ったことのないクラブの仮装パーティに行ってみたりして奮闘する夫の話。アールデンの演出はまさにそのような感じだった。セリムはワインカラーの革のギラギラした衣装に身を包み、せっかくイタリアに来たんだから、と女をひっかける。真面目一徹、仕事人間の夫(こういうイタリア人もどっかにはいるのかな)に嫌気がさしてきた妻は今まで見たことない異国人にひっかかる。その人妻を一方的に狙ってた遊び人(バスローブ姿にシャンパンを持って登場)と夫は本来敵同士ながら、異国人からイタリア女である妻を奪還しようと競合(この辺がいかにもイタリアらしい)。戯曲を書くにもネタがなくて困っていた詩人が、このスキャンダルを作品にしてしまおう!と登場人物の間を文字通り駆けずり回り、それぞれの意見を聞いてまわったり、思い通りの結末になるように尽力する。まるで作品ができる過程を見ているような気持ちになって楽しいし、仮装舞踏会の各人の心の中の表現は、他のロッシーニ作品より心理表現が特に優れていると思う。

演出のアイディアの面白さも個人的に気に入ったが、歌手たちも全体的に好演だった。フィオリッラのペンダチェンスカを除いて。

セリムを歌ったG.フルラネットはスタイルがよくてギラギラの衣装を着ても様になってたし(怪演ともいえるようなギラギラした表情も)、良く通る声で喝采を浴びた。詩人ジェローニオを歌い演じたのはコンチェッティ。新国の「ドン・ジョヴァンニ」レポレッロで聴いた時よりも圧倒的な存在感を持って演じた。黄色い背広を着て髪をかき乱して走り回る彼は、本来三枚目でありながらまとめ役でもあるが、今回の演出、そして彼の演じるジェローニオは三枚目の割合が大きいように感じた。

妻を取り戻そうと奮闘する、憎めない夫を演じたDazaは演技、歌ともによかった。ダーラを彷彿とさせる軽い声と見事な早口。縦ストライプのスーツに身を包み、口髭を生やした外見はピーター・セラーズ(俳優の方ね)を思わせる。ダメなんだけど憎めないクルーゾー警部とイメージが少しかぶる。ナルチーゾのリー(アジア人ではない)もこの演出のイメージにぴったりはまっていた。本来はこてこてのイタリア伊達男といったところだろうが、この舞台では能天気なアメリカ白人のようだった(こう言っては失礼かと思いましたがそんな感じ)。声はレッジェーロにしては軽くない。高音も見事に決めたが声質のせいなのか、高音が決まった時のスコーンとくるあの快感はあまりなかった。音域的に、技術的に歌えればいいってものじゃなくて、やはり声質に合わせた適材適所が一番ですね。

女声ではカンマーローアーが好演。彼女は漆黒のビロードのドレスを着て登場、さながら喪服のようだった。セリムを失ったことがそこまで彼女にこたえたということなのだろうか。声質もまるで衣装のビロードのように滑らか。デリエ演出の「コジ」の映像を見たときはややふっくらしていたが、この日はかなりスリムになっていた。

さて、主役のフィオリッラを歌ったペンダチェンスカはカンマーローアーとは対照的な体格だったが(そんなに凄くないが比較すると)、外見のことは抜きにしてアジリタの技術が圧倒的に足りなくて、聴いていてやきもきした。見せ場のアリアでは全然歌えていなかった。このプロダクションがプレミエの時はなんとシェーファー(!)が歌ったというが、それはそれでミスキャストでちょっとした話題になったらしい。ベルリンはこのプロダクションの主役に、役に合った歌手を持ってくるつもりはないのだろうか。適材適所。もっともペンダチェンスカの場合は質の問題ではなく、単に技術の問題だと思うわけだが。それにしてもこの役は体力的にきつい役だと思う。アリアのみならず、重唱に加わる頻度も他のロッシーニ作品に比べて多いような気がする。あくまでも印象の話ですが。だからそれで疲れてしまったのかもしれないね。

オケはフリッツァの棒の下、湧き上がるようなロッシーニクレッシェンドを奏した。クレッシェンドにアッチェレランドでもアンサンブルが乱れないのはさすがシュターツカペレ。特に木管のSoliがピッタリと寄り添うようで見事。序曲にHrの長いソロがあるが、それもふくよかに歌っていてよかった。ただ、全体的にはやはりイタリアではなくドイツだった。しっかり鳴らしてくれて心地よいが、イタリアの劇場オケにある自然に浮き立つような軽さを感じることはあまりなかった。フリッツァは頑張っていたようだが。フリッツァのロッシーニというのも初めて聞いたと思う。日本では専らヴェルディのイメージだが、彼がロッシーニを振るとこうなるのか、と興味深く聴いた。あくまでも好みの問題だけどね。

オペラには直接関係ないことだけど、開演前にロビーをうろうろしていたら人の良さそうなドイツのおじいさんが話しかけてきた。向こうも一人だったらしく、休憩時間にもわざわざ俺を探して話してくれた。好きなオペラの話(おじいさんはプッチーニとヴェルディがすきらしい)、日本のオペラ上演の話、日本人と中国人の違いの話(おじいさんは薬品会社で働いてた頃北京に行ったらしい)などを英語で話した。70半ばに見えたが、ゆっくりだけどちゃんと英語で話す。もちろん外資系だったからということもあるだろうがイタリアだったらみんながみんなこうはいかない。ドイツはドイツ語が分からなくても何とかなる国だ。旅行者には嬉しい。

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