スポンサーサイト

--. . --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

チューリヒ歌劇場【カルメン】

2010. . 10
Opernhaus Zürich
G.Bizet “Carmen”

2010.7.8 Thu 19:00

IMG_2234_convert_20100710221104.jpg

Carmen・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Vesselina Casarova
Micaëla・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Sandra Trattnigg
Mercédès・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Judith Schmid
Frasquita・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Sen Guo
Don José・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Massimo Giordano
Escamillo・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Massimo Cavalleti
Le Dancaïre・・・・・・・・・・・・・・・・・・DavideFersini
Le Remendado・・・・・・・・・・・・・・・・Boguslaw Bidzi
Moralés・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Krešimir Stražanac
Zuniga・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Morgan Moody

Inszenierung・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Matthias Hartmann
Musikalische Leitung・・・・・・・・・・・・Zsolt Hamar

チューリヒ最終日はカサロヴァ出演の「カルメン」。3日目の「ばらの騎士」より先に更新させていただきます。カサロヴァのこの役は昨年3月にウィーンで聴いて、いまいちパッとしない印象を受けたが、その時よりはこの役の歌唱が練れてきているとは思う。それよりこの日は演出の方に注目がいった。

ハルトマンのこのプロダクションは2年前の制作で、プレミエの時もカサロヴァが歌った。ホセはカウフマンだったことが、パンフレットの写真を見るとわかる。3幕のカサロヴァの舞台写真は、昨年のカサロヴァの「カルメン」来日公演の際のチラシに使われてお馴染み。大きな満月をバックに、カードの死の予言に戦慄する場面である。この満月は実際の月の写真を拡大したもので、視覚的にとても幻想的な効果があった。関係はないが、この満月を前にホセとエスカミ―リョが決闘する場面は、「トロヴァトーレ」のマンリーコとルーナ伯爵の決闘を想わせた。

この「カルメン」は、全体を通して円形のテーブルのような舞台の上で展開される。竜騎兵達は現代のスペインの警察にされ、1幕の舞台には「Policia」と書いてあるパラソルとデッキチェアが舞台に置かれている。幕が開くと、警官たちは揃って手で股間を持ち上げる振付で観客を笑わせる。煙草工場は扉だけ現れ、上からタバコのネオンサインが下げられている。なかなかキッチュ。

2幕は酒場のイスとテーブル、電柱から引っ張られた電球があるのみ。そして白黒テレビがサッカーの試合を映している(途中から闘牛の試合に切り替わる)。場末の酒場感は出ている。3幕ではさっきも言った巨大な満月を背景に密輸業者たちが運んできた物資が置かれるのみ。その中にはスーパー帰りのようなナイロンバッグを提げたやつも見える。4幕では闘牛場は現れず、「魔笛」の2幕でパパゲーノが首を吊ろうとする木のような樹があるだけ。群衆は客席の方に闘牛士たちの行進がある体で手を振ったり、歓声を上げたりする。最近よく見るパターン。

プロンプターボックスの覆いの部分には各幕で違うものが置かれていた。1幕ではゴールデンレトリーバーのような眠っている犬の人形が置かれ、カルメンがなでたりするとしっぽや耳がピクピク動き、温かい笑いが会場に溢れた。2幕は密輸用の箱、3幕では岩、4幕では闘牛の頭蓋骨の載った箱だった。とくに話の流れに関わってくるわけではないが、アクセサリー的要素でなかなかチャーミング。

カルメンは髪に赤い花を挿し、黒系のすっきりとしたワンピースに身を包んでいる。情熱的なジプシー女というより、ひとクセもふたクセもある独特な女という雰囲気を醸し出していた。まぁそれはカサロヴァのひとクセもふたクセもある歌い方のおかげでもあると思うが。下からしゃくりあげるような癖のある歌い方と、音の頭にアクセントをつけるクセは、いつも思うが年々大袈裟になっていると思う。もうここまで来ると「強烈な個性」という言葉では収まりきらない何かを感じる(笑)。ウィーンではゼッフィレッリの演出で、もちろんオーソドックス。白いドレスのようなものを着ていたと思うが、そういう時代物よりは、今回のような現代の女の方がイメージにしっくりくる。

ホセは、1幕冒頭でミカエラのワンピースを脱がせちゃうほど下衆で乱暴な他の警察官と違い、メガネをかけていかにも真面目で、女なんか興味ないといったいで立ちで出てくる。でも上官スニガが突然現れて、慌てて敬礼した拍子に落としてしまった雑誌は女性のヌード雑誌だったから、二次元はいいけど生身の女(母親以外)には興味がない種類の男子なのかもしれない。現代っ子っぽい(笑) なかなか可愛いミカエラが、ホセに母親の手紙を届けるついでに「母親から」といってキスするときも、ホセは口にはせずにおでこにするだけだった。それで残念がるいじらしいミカエラ、そしてにこにこして手を握るだけのホセが微笑ましく、会場もにこにこしていた。

カルメンが登場し、警官たちの欲望に満ちた視線を浴びながら「ハバネラ」を歌う。その後、カルメンは胸元に挿していた花をホセに投げつけるのではなく、渡す。ホセもスニガに「僕、こんなものもらっちゃいましたよ!まぁ興味ないですけどね」というような仕草を見せ、花の匂いを嗅ぐ。カルメンがケンカ騒ぎを起こし、ホセがカルメンの護送を任されるが、カルメンの酒場への誘いをポワっとして聞いていると、カルメンを縛るための縄はいつの間にかカルメンが持っていて、立場が逆転している。もうすでにホセの心はもうカルメンに縛られているというわけだ。

2幕、「花の歌」を歌い終わった後、ホセはカルメンの膝の上に泣き崩れる。カルメンはいままで女性に興味がなかったホセの何かを大きく変えてしまった。それは、何よりも大切な母親を裏切る行為であり、自分が今まで頑なに守ってきた信条のようなものを破ること。その喪失感から、きっとホセは泣き崩れたのだと思う。いろいろな意味でカルメンはホセという男の人生を180度変えてしまった。

ホセを歌ったジョルダーノは綺麗な歌のフォルムと明るい声、伸びのある強い高音が魅力的。かなり良く歌えているが、pが苦手なよう。もしくはあまりpで歌う気がないのかもしれない。1幕のミカエラとの2重唱は、もともとあまり声量がある方ではないミカエラのTrattniggの声をかき消すほど彼が歌い過ぎてしまい、バランスの悪いデュエットになってしまった。2人ともいい声をしていたのに残念。3幕や4幕で激しい感情をぶちまけるところは雄雄しく吠えていていいと思うが、全体的に一本調子に聞こえなくもない。高音は力強く、「花の歌」のクライマックスの高音はファルセットを使わず地声で歌いきった。でもやはりこの歌のリリカルな面はあまり出せていなかった。それと歌が全然フランス語っぽく聞こえなくて、最初イタリア語訳で歌っているのかと思ったほど(笑) それでもなぜか好きな歌手です。

エスカミーリョのカヴァレッティは、やや荒っぽいが、豊かな声量と鋭い高音でなかなかいいエスカミーリョだった。登場の「闘牛士の歌」はシンプルなように聞こえるが、出だしの音域が響きにくいせいかあまり声が聞こえない歌手が多い。だけど彼の力強い声はよく聞こえてきた。髪の毛を後ろに縛ったスペイン男風のなりで出てきたので、いやがおうにも「フィガロ」を思い出した。そういえば1月、この劇場の「セヴィリア」であの骨太なフィガロを歌っていたのも彼だったっけ。ジョルダーノもカヴァレッティもマッシモ。2人ともイタリア人だが、ルッカとポンペイ出身という大きな違いが。ジョルダーノはナポリ訛りで喋るのかな??

ミカエラのTrattniggは透明感のある抒情的な声で、音符を丁寧に歌っていて好感が持てた。遠目に見てだけど、可憐なミカエラのイメージ通りの容姿。こういうことは結構大事。ミカエラがぽっちゃりだったり、おばさんだったりするとホセがカルメンに行ってしまうのが当たり前に思えてしまう。カルメンと違う種類の、可愛らしい魅力がないとドラマに説得力がなくなってしまうと思う。「あぁ~、ホセったらこんな可愛いフィアンセがいるのにカルメンに誘惑されちゃって・・・ダメだなぁ。。けどわかるかもなぁ」と思わせるミカエラがいい。個人的な趣味として。歌の方も健闘していたが、音程が安定しない部分も多々見られて安心して聞いていられるというわけではなかった。まだ若い声といった印象。9年前デヴューだから今30ちょっと過ぎかな。これからに期待。

ギラギラしたいやらしい上官スニガのムーディや、裸に黒革ベスト、マッチョなダンカイロのフェルシーニなど、脇役にもキャラに合った歌手を起用。2幕の密輸仲間5人の重唱は、なにやら振付を覚えるのが大変そうでアンサンブルが崩れていた。密輸業者4人の中で音楽的にはフラスキータのグオが良かった。

指揮のハマーはまだ若いようだが、きびきびとメリハリのあるテンポの運びがなかなか上手いと感じさせる。1幕のホセとミカエラの2重唱、3幕のカルタの3重唱の中間部など、テンポを遅くするところはかなりゆっくり歌わせ、ジプシーの歌ではクレシェンドとともに首尾よくアッチェレランドをかけて自然な盛り上がりを作り上げた。

4幕、群衆が三々五々散っていき、舞台上にカルメンとホセが残るシーンの音楽は、前奏曲のテーマを木管が軽やかに奏でている最中に、弦が低音で死の予感を感じさせるような下降音階が挟む。ハマーは軽快な木管のメロディとは対照的に、その下降音階の部分はぐっとテンポを落とし、コントラバスの低音を一層効かせ、賑やかな群衆の場面からカルメンの死の場面への移行、そしてカルメンが感じているただならぬホセの気配を観客の耳に直接的に感じさせる効果を巧みに生みだしていた。

ちなみに、曲と曲の間はセリフではなく、伴奏つきのレチタティーヴォが挿入されるギロー版だった。それに加えて今まで聞いたことのない曲が何曲か入っていた。1幕冒頭、ミカエラが暇な竜騎兵たちの誘いを断り逃げた後に
、恐らく「女どもはまったく~」(全く分からないフランス語の単語と字幕のドイツ語の単語を拾い集めて判断したため、全く違うかもしれませんが・・。)という内容のモラレスと合唱の曲が挿入されていた。4幕の冒頭は群衆の合唱第1曲目(プログラムやオレンジなどの売り子でにぎわっているやつ)がカットされていた。先日見たミュンヘンの「カルメン」でもここはカットされていた。新しい習慣なのだろうか??

カーテンコールではドイツ語圏では初めて聞く、フランス式の手拍子がどこからともなく始まった。出演者はなぜか少し困惑した感じで、カサロヴァがうやうやしくお辞儀をくり返していた。それに対しジョルダーノは南イタリア人らしい陽気な雰囲気で勢いよくにこにこして出てきた。人を一人刺殺して、「僕を逮捕してください」と叫んでむせび泣く演技をした1分後にこの切り替えができるのはある意味尊敬する。ウィーンでのクーラはまだ演技の中から抜け出せてないような、精神的に参っているような重々しい調子で出てきたので対照的すぎる。どちらかというとクーラみたいな人の方が多いと思う。カーテンコールもオペラの見所の1つですね(笑)。

IMG_2268_convert_20100710220238.jpg
スポンサーサイト

comment

keyaki
カウフマンのをテレビで見ましたが、なんか細かいディテールにこだわりがある演出のようなので、舞台よりテレビ向きかな....と思いました。

他の方のブログに書いた私の感想....
「最後の場面は、カルメンが、人の気配を感じてパッと後ろを振り向くとホセがパッと隠れる....だるまさんが転んだ...です。しかし、カウフマンってなにをやってもいじけた感じになりますね。
ペルトゥージのエスカミーリョは、酒場のマスターみたいだし、ミカエラは、洋服を脱がされても平気だし.....わけわかめでした。

テレビ放送用としか思えない小細工がすぎますが、まあ、一応面白がってあげましたが、これは、二人以上で見て、なんだかんだいいながら見るとたいくつしないかも。
たとえば、
あの犬は本物?作り物? しっぽが動いた! 今度は耳が動いた....
ホセって近眼だったんだ....
なに、あの小さな扇風機は....
クロスワードパズルでもしてるのかしら....
お、カラーテレビ....
タバコ工場どこにあるのよ...と言ったとたんタバコのマークがぶら下がるし....
どこでもドアまであるし....
エスカミーリョはカルメンに婚約指輪をプレゼント.... これも??です。」

正統的カルメンに飽きた人向きですね。
2010.07.14 17:12

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://europera.blog65.fc2.com/tb.php/24-9a44b3c0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。