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チューリヒ歌劇場【魔弾の射手】

2010. . 10
Opernhaus Zürich
C.M.v.Weber "Der Freischütz"

2010.7.6 Tue 19:30

Ottkar・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Martin Gantner
Kuno・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Rolf Haunstein
Agathe・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Petra Maria Schnitzer
Ännchen・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Malin Hartelius
Kaspar・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Kurt Rydl
Max・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Peter Seiffert
Ein Eremit・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Andreas Hörl
Kilian・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Andreas Winkler
Samiel・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Joel Singh
Vier Brautjungfern・・・・・・・・・・・・・・・・・Camille Butcher, Susanne Elle Grobholz, Theresa Sedlmair, Huiling Zhu

Inszenierung・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ruth Berghaus
Musikalische Leitung・・・・・・・・・・・・・・・Peter Schneider

IMG_2229_convert_20100710182749.jpg

チューリヒ2日目はベルクハウス演出の「魔弾の射手」。このプロダクションはDVDになっていて、ザイフェルト、ハルテリウスが同じ配役で出ている。もう10年以上前のプロダクションだが、簡潔な舞台装置、シュールな群衆の動かし方などまだまだ色あせてはいない。特に狼谷の急な斜面を黒い服を着た人々が4足歩行で這いまわったり、転がったりする場面は得も言われぬ不気味さと、現実離れした世界を味あわせてくれる。

歌手はベテランが中心で、脇役まで安定していて楽しめた。お気に入りのヘルデン・テノール、ザイフェルトは今回も声量も表現力も豊かで、期待を裏切らない見事な歌唱。ヘルデンテノールといってもロブストで筋骨隆々の声をしているわけではなく、透き通っていてどちらかというとリリカルといってもいいほど。今回の演出のマックスは眼鏡をかけ、本ばかり読んでいて、狩りにはあまり興味がなくなってしまったというような役どころだったので、そのような「ちょっとダメ」な狩人によく合った声質に思えた。

カスパールを歌ったリドルはつい先月、ケルンの「ラインの黄金」で聴いたばかり。その時も感じたが、波の大きなヴィブラートがかかって音程が不安定になるところがたまにあり、もうお歳は隠せないご様子。しかしそんなことは忘れてしまうぐらい凄まじい声量、輪郭のはっきりとした朗々と響く低音に痺っぱなしだった。その通る声でのドイツ語の巻き舌の発音は、なんだかすごく小気味よく響いた。映画「ディパーテッド」でジャック・ニコルソン演じるマフィアのボスのような、クセのあるキャラクターを巧く演じていた。彼は小太り、そしてザイフェルトは大柄なのでよくあるテノールとバスの体格の構図を完璧に逆転させていて、なぜかニヤリとしてしまった。

強力な男声陣に比べると女声はやや小ぶり。アガーテを歌ったシュニッツァーは2幕での伸びのある高音で「おっ」と思ったが、全体的にはムラがあるという印象を持った。3幕の独唱ではあえてppにしようとしたのかもしれないが、ほぼ声が聞こえなかった。弱音を聴かせるならばもうちょっとオケが抑えるべきだったのかな?

それに対してハルテリウスのエンヒェンは始終安定していて、表現力も豊か。深めの声の持ち主で、エンヒェンの軽いキャラクターと少々イメージが違わないでもないが、軽妙な演技を以ってそのギャップを補った。

クーノーのハウンシュタイン、オットカールのガントナーといったこの劇場常連の脇役の堅さもお見事。特にガントナーは新国の「タンホイザー」でヴォルフラムを歌ったのを聴いて以来、その明るく温かく響くハイヴォイスが気に入っている。

キリアンのヴィンクラー、隠者のホルは若手だが、ベテラン共演者とともに健闘。特にホルはここの「ラ・ボエーム」のコッリーネも以前聴いたが、深みのある思慮深い声をしている。哲学者や隠者といった役柄がぴったりの大柄な若手バス。

 3幕でアガーテのもとに、花嫁祝福の歌を歌いに来る4人の娘は昨日のコンサートにも出演していたオペラスタジオのメンバーたち。こういった大舞台に出演できるのだからそれはいい経験になるだろう。それにしてもみんな声も良く、堂々としている。

 シュナイダーの指揮は職人気質の剛健質実としたもの。奇をてらう解釈はないが聞かせどころを押さえている。序曲ではチェロなどの内声をフッと浮かび上がらせてみたり、ホルンのアンサンブルの音量を一回目と二回目で変えたり。オケは肝心のホルンがオペラ本編ではたまにはずしていた。序曲は見事だったんだけど・・・。いつも思うがここのホルンは乾いた独特の響きがする。それは劇場の残響のなさのせいもあるだろうが、良し悪しは別にしてあまり潤いがない音色。それに対してオーボエがやけに艶っぽい音色をしていた。座った席のせいか(1階4列目上手寄り)、ファゴットの音だけマイクで増強されているように浮き立って聞こえた。この場所だと、普段あまり聞こえないファゴットがいかに重要なパートを担っているかが分かって、妙な感動を覚えた(笑)

 休憩は、狼谷で魔弾を鋳造し終わった後に挟まれた。現実離れした狼谷の奇妙な舞台、そしてマックスがザミエルを呼ぶ叫び声で幕が閉じ、拍手も力なく、席を立っても観客たちは一様に何かにとり憑かれたように黙っていた。それだけこの世とあの世、現実と非現実の狭間の危ういこの場面を観るのはグッタリする。1821年当時にここまでのドラマティックなシーンを生みだしたウェーバーの才能にも驚かされる。

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