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チューリヒ歌劇場 【ホフマン物語】

2010. . 23
Opernhaus Zürich
J.Offenbach
"Les Contes D'Hoffmann

2010.3.26 Fri 19:30

Hoffmann・・・・・・・・・・・・・・・・・Vittorio Grigolo
Olympia・・・・・・・・・・・・・・・・・・Sen Guo
Antonia/Stella・・・・・・・・・・・・・・Raffaela Angeletti
Giulietta・・・・・・・・・・・・・・・・・Riki Guy
Lindorf/Copprlius/
Le docteur Miracle/
Le capitaine Dappertutto・・・・・・・・・・Laurent Naouri
La Muse/Nicklausse・・・・・・・・・・・・・Michelle Breedt
Andrès/Cochenille/
Frantz/Pitichinaccio・・・・・・・・・・・・Martin Zysset
Spalanzani・・・・・・・・・・・・・・・・・・Benjamin Bernheim
Crespel・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Giuseppe Scorsin
Peter Schlèmil・・・・・・・・・・・・・Cheyne Davidson
Maître Luther・・・・・・・・・・・・・・・Davide Fersini
Nathanaël・・・・・・・・・・・・・・・・・Thierry Duty
Hermann・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Kreŝimir Stražanac
Wilhelm・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Pablo Ricardo Bemsch
La voix de la mère d'Antonia・・・・・・Wiebke Lehmkuhl
Le capitaine des Sbires・・・・・・・・・・・・Adam Palka

Inszenierung・・・・・・・・・・Grischa Asagaroff
Musikalische Leitung・・・・・・David Zinman


3回目のチューリヒ訪問。まだ前回の感想を書いていませんが、新しいほうから失礼します。今回は「ホフマン物語」と「ラ・ボエーム」。「ボエーム」はクーラとフリットーリという世界最強といってもよさそうなコンビ。にもかかわらずチケットの売れ行きはあまりよくなかったよう。一方、「ホフマン」はほぼ売り切れ。僕は当日学生券狙いで1時間ほど前から並んでいて列の先頭だったが、僕の次の人はもう買えなかったようだった。ちなみに僕はちゃんと現役の大学4年生です。文章がおっさんくさいのは小さいときから耳年増だったからでしょうか、自分でもよくわかりません。ご了承ください(笑)

「ホフマン」は女声三役を歌うはずだったモシュクが健康上の理由でキャンセルしてしまったらしく、3役それぞれに違う歌手が配された。「ホフマン」をやるとなにかしらハプニングが起こるというジンクスがあるらしく、劇場側ははらはらしているという。今回も例にもれず、といったところかな。

さて、この日のタイトルロールはグリーゴロ。イタリアに来て初めて見たオペラ、フェニーチェの「ラ・トラヴィアータ」(昨年9月)で2回ほど聴いたテナー。前回よりも弱音の使い方が巧くなっている。チューリヒの箱の小ささを意識してか、綺麗なppを駆使して詩的なホフマンを演じていた。もちろんppだけでなく、彼の大きな声量も大いに生かされていた。それにしても彼の体力には恐れ入る。ノーカットの長大な版の終盤、3幕の最後でもエネルギッシュに吠えていた。細身でスタイルもいいし舞台映えのするいいテナーだと思う。しかしppにした時の語尾が消えてしまって聞こえなかったり、過度なクレシェンド、ディミヌエンドが不自然に聞こえたりする点は結構気になった。

敵役4役を歌ったのはフランスのバス、ナウリ。実演を聴くのは初めてで、評判は聞いていたが期待通り、いや期待以上のダイナミックな敵役達を演じていた。フランス語は母国語なので、歌はもとよりセリフ回しが自然に聞こえたのは大きなポイント。声質も深く渋くて、リンドルフの時の気品と、他の敵役の時の凄味、どちらとも巧く表現していた。特に凄味という点で、ミラクル博士やコペリウスの時の悪魔のような怪演は忘れられない。役者だなあ、と思った。お気に入りのバス・リストに入りそう。イキすぎと思える演技をしていても、頭が禿げかかってても、長身でスタイルがいいのでかっこよく見えてしまう。

モシュクの穴を埋めたのは3人の女声。オランピアは中国人のグオ。彼女は一度、同歌劇場の「ナクソス島のアリアドネ」のツェルビネッタで聴いており(感想はまだアップしてませんすみません・・。)、安定したコロラトゥーラ、鋭い高音を聴かせていたので今回は安心だろう、と思って聴いていた。まぁ、期待通り破綻もなく、アリアの2番では見事なカデンツァを披露したが、ツェルビネッタの時の技術をもってしたらもうちょっとカデンツァはアレンジを加えてもいいんじゃないか、と思ったりもした。しかしよく考えてみたら代役だったわけだ。それを考慮すると充分すぎる出来だった。マリリン・モンローのような金髪美女ロボットという演出なので、東洋人の顔はマイナスか、と思いきやバッチリメイクしてそんなに不自然には見えなかった(遠目にはね)。失礼ながら、相当濃いメイクをしてるんだろうなぁと思ってしまった。

アントニアを歌ったアンジェレッティは、イタリアやドイツの中堅歌劇場でキャリアを積んでいるソプラノ。細身で病弱なアントニアにあった容姿をしているが、残念ながら歌唱はやや荒削り。弱音は悪くないが、fでは歌のフォルムが崩れてしまうほどこれ見よがしに歌ってしまうので、この幕特有の繊細さが失われてしまった気がする。ナウリのミラクル博士は凄味がありながらも繊細だったので、アントニアにももう少し抒情的に歌いこんで欲しかった。

ジュリエッタはイスラエル出身のグイ。こもりがちな深い声で、他の歌手とのアンサンブルになると弱いが、ジュリエッタの退廃的な感じはよく出ていたと思う。この幕の舞台装置は全然ヴェネツィアらしくなく、明るいサロンのようなところだったのであまり退廃的な印象はないセットだったが。

ブリートは、お調子者ながら力強くホフマンをサポートする忠実な友ニクラウスをよく演じていた。歌っていないときも細かい演技をしてて、好感が持てた。声の方はあまり通る方ではないようだが、声量はある。だがそれが逆に、力だけで押し切っているように聞こえなくもない。切れ味の悪い包丁で、力を入れて玉ねぎを刻んでいるような感覚。そう言ってしまうと聞こえは悪いかもしれないが、実際それほど不満があったわけではない。ホフマンに続いて出ずっぱりの役だが、グリーゴロのホフマンに負けず劣らずの体力を見せていたと思う。ちなみにブリートは新国の「フィガロ」でケルビーノ、前回チューリヒに来た時にみた「ナクソス島のアリアドネ」の作曲家を歌っており、ズボン役ばかりの印象がすっかりついてしまった。

脇役もなかなか多いオペラだが、全員しっかりとした声と個性を持っている歌手たちだった。特にコシュニーユやフランツなど4役の三枚目を歌ったツィセットは、ドイツ語圏のオペラハウスでは指折りの名キャラクターテナーではないかと思う。すっとぼけた演技とあっけらかんとした声が何とも言えない可笑しさ。かといって必要以上に出すぎることなく、きちんと脇役に徹している。変な言葉だが「堅実な可笑しさ」という印象を受けた。

スパランツァーニのベルンハイムも、この役にしか出ないのが惜しまれるぐらいいい声の巧い歌手だった。脇がいいといい!

ジンマンの指揮は全体的に遅めの安定したテンポで、オケもそれに応えて一音一音確実に正確な音を出していた。しかし決して堅苦しいわけではなく、あくまでも自然な音楽の流れを、作為的に聞こえないように絶妙に奏していた。バランスもすこぶるよくて、こういうことがナチュラルに出来るのは大御所ジンマンのなせる技なのかな、と思った。個人的にはサンティの振ったこのオケよりもいい音を出していたと思う。

「ホフマン」にはいろいろな版があるが、この版は今まで見たことも聞いたこともない。特に3幕、ヴェネツィアの幕ではダペルトゥットの「輝けダイヤモンド」が知らない音楽に乗せて歌われていたし(歌詞が全く同じかは定かじゃないが、同じような歌詞だったと思う)、3幕途中で警察が介入してくる展開も初めて見た。どの版かは恐らくプログラムに書いてあるのだと思うが、ドイツ語が読めないので分からない・・。どなたかご教授下さい。

この版は全体の時間が相当長くなってしまうようで、1幕のスパランツァーニとコペリウス、2幕のホフマンとアントニアのやり取りなどは音楽なし、セリフで行われていた。なんだかもどかしい。特に2幕は音楽的に一番充実していると思う幕なので、省略してほしくなかった・・・。

演出は日本でもおなじみのアサガロフ。現代が舞台で、シンプルであまり装飾の多くない舞台だが、プロローグとエピローグのルーテルの酒場はとても雰囲気のいいレストランバーのようなところで、こういう店があったら是非行ってみたいと思った(笑)

全編を通して、石のようなものを象徴的に使っていた。1幕ではオランピアの収まっている箱の上に溶岩のような灰色の反液状のものが垂れていた。2幕ではそれが固形になったのか、アントニアの家の天井から大きな岩がぶら下がっていた。これはマグリットの絵のようだったが何を意味するのかはつかめなかった。3幕ではその岩はどうなったのか不明。代わりに鏡が多用されていた。岩は何かのメタファーだったのか、頭が悪いせいでよく呑み込めなかった。

「ホフマン」を見た後はなぜかいつもぐったりしてしまう。軽そうに見えて結構聴きごたえがあるせいかもしれない。それと個人的にいろいろなことを考えさせられる・・・
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バイエルン国立歌劇場 【フィガロの結婚】

2010. . 18
Bayerische Staatsoper
W.A.Mozart "Le Nozze di Figaro"

2010.3.14 Sun 18:00

Il Conte di Almaviva・・・・・・Michael Volle
La Contessa di Almaviva・・・・Barbara Frittoli
Figaro・・・・・・・・・・・・・Erwin Schrott
Susanna・・・・・・・・・・・・Laura Tatulescu
Cherubino・・・・・・・・・・・Kate Lindsey
Bartolo・・・・・・・・・・・・Christoph Stephinger
Marcellina・・・・・・・・・・・Heike Grötzinger
Basilio・・・・・・・・・・・・Ulrich Reß
Don Cruzio・・・・・・・・・・・Kevin Conners
Antonio・・・・・・・・・・・・Alfred Kuhn
Barbarina・・・・・・・・・・・Elena Tsallagova

Inszenierung・・・・・・・・・Dieter Dorn
Musikalische Leitung・・・・・Juraj Valcuha



久々の更新になります。1か月ほどほったらかしですみませんでした。この間、オペラなしのスペイン、ポルトガル旅行に行ってパスポートを盗まれるという災難にあい、ゴタゴタしていました・・。



さて、この公演はミュンヘン2日目。前日の「セヴィリア」に続いて立ち見席だけど、3階席なのでわりと良く見える。視界は上手が若干見切れるがほぼ全体を見渡せる。このプロダクションは、数年前の来日公演の時に持ってきていたディーター・ドルンの演出。その時は金欠で(まだまだ子供だったし)とてもじゃないけど行けなかった。確か指揮はメータ、トレケルの伯爵、ターフェルのフィガロ、コッホのケルビーノ、ローテリングのバルトロだったとの記憶がある。

今回のキャストは来日公演ほどではないが、若手を中心としたなかなか豪華な歌手陣。フリットーリ、シュロットといったスター歌手以外にも、名前は知られていないが実力のある歌手もちらほら。

この公演は「フィガロの結婚」というより、「アルマヴィーヴァの災難」という題名に付け替えてもよさそうなぐらい伯爵が中心の舞台に仕上がっていた。4幕の幕切れでは伯爵が舞台中央で「これでおしまい!」みたいな仕草をしていたことから、このオペラ全体のストーリーテラーのような印象を受けたということもあるが、何よりもフォッレの演技、歌唱の存在感によるところが大きい。チューリヒ「ラ・ボエーム」のDVDではマルチェッロを歌っていて、そのディスクでは荒っぽい声という印象だったが、実演に触れて見ると貴族的な落ち着きのある声と、コミカルな演技の両方を巧くこなす実力のある歌手だということが分かった。すごくハンサムというわけではないが、長身で舞台映えするということも視覚的には大きなプラス要素。

フリットーリは期待通り、ふくよかでスケールの大きい伯爵夫人を歌い、演じていた。特に3幕のアリアはメロディの流れにppとfを自然に織り込み、至高の美しさだった。伯爵夫人にしてはずいぶん若い外見と思わないでもないが、原作の設定ではまだ30歳前後ということなので、それには合致する舞台姿。でもフリットーリの実年齢は43歳らしい!そうは見えない美しさと若さを保っている。歌唱的にはそろそろ一番いい時期に差し掛かるのだろうか。現代最高のソプラノの1人だと思う。高音の跳躍で1か所無理をしているような声に聞こえた個所があったが、それでも全体的には文句のつけようがない出来。声を大事にして長く歌ってほしい。

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豪華なシャンデリアが輝くロビー


今、世界中で引っ張りだこのシュロットは深みのある声が魅力的。彼は喋るような自然な歌唱を目指しているのだろうか、しばしば歌うというより語るように台詞を言うことがある。これ自体は面白い試みだと思うが、やり過ぎてオペラなんだかつぶやきなんだか分からなくなってしまうことがある。声を張って歌ってほしいところでもそれをやってしまうのでもどかしいと感じることも多々あった。それに加えて台詞や歌の初めの部分が不明瞭なことが多く、歌詞がよく聞き取れないこともあってとても残念。演技は自然で巧く、アリアでは朗々としたバスを聴かせてくれてよかったんだけど・・・惜しい!

スザンナを歌ったタトゥレスクは、前回のウィーン国立歌劇場の来日公演「コジ」でデスピーナを歌っていた歌手。今回もスーブレット役での登場だが、このような役によくあった声をしている。しっかり者の小間使いの演技も板についていて、アンサンブルでも全体をよく引っ張っていたが、ソロになるとすこし弱い感は否めない。他の歌手と比べると声量がやや乏しいこともあるし、メロディの起伏に上手く強弱を乗せられていない個所も見受けられ、あまり個性のないソロになってしまっていた。4幕のアリアは聞かせどころにもかかわらず、そのような感想を持ってしまったので、なんだか勿体ない気がする。

伯爵夫妻に次いで感銘を受けたのがケルビーノを歌ったアメリカのメゾ、リンゼー。メトのヤング・アーティスト・プログラムに参加し、アメリカを中心にキャリアを積んでいる若手歌手。メトのライヴ・ビューイングの『ホフマン』でガランチャの代役でニクラウスを歌って成功を収めたという。そちらの映像もぜひ見てみたい。淀みのない透き通った美しい声と、長身でスラっとした体格、そして切れ目の美少年らしい容姿が、思春期に差し掛かった脆くも危うい少年ケルビーノにぴったりだった。これからズボン役を中心に人気が出るんじゃないかな、と思える期待のメゾだ。

バルトロはやや弱かったものの、そのほかの脇役歌手も手堅く安心して聴けた。特にバジリオのレスは、慣例的にカットされる4幕のアリアも見事に歌っていた。マルチェリーナのアリアはカットされていた。

飛び道具的な破壊力があったのがアントニオを歌った(というより演じた)クーン。60代か70代か、とにかく相当なベテランだが、舞台を裸足で、まるでぜんまい仕掛けのおもちゃみたいにチョコチョコ歩く姿は大きな笑いをさらった。歌も殆ど歌ではない語りのようだったが、この役ではその方が話のわからない酔っ払い親父の感じが出ていい。3幕では彼が出てくるだけで笑いが起こるほど。

ドルンの演出は時代設定は変えていないが、装置は最小限に抑えられ歌手の演技にゆだねられているところが大きい。その点では今回の歌手たちはみんな芸達者だったのでよかった。1幕から3幕までは椅子やベッドなどの家具と、色のついた扉やカーペットがあるが、4幕では舞台は一面真っ白。床は大きなシーツのような布で覆われていてそれ以外は何もない。本来、漆黒の闇が支配する夜の庭が舞台だが、ドルンは全く逆に眩いばかりの白が支配する舞台に変えていた。白は潔白、そして何色にも支配されていない色ということで、身分もヒエラルキーもない原初状態の人間を現しているのだろうか。確かに4幕では各登場人物が肩書ではなく、ただの男と女という立場で各自の感情をぶちまける幕と言えるから、そのことを象徴的に視覚化したのかもしれない。

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3幕の舞台


指揮は若手のValcuha。ブラチスラヴァで指揮を学んだとプロフィールに書いてあるからスロバキア人だろうか。何人であれ、よくオペラを知っている指揮者だな、と感じた。冒頭の二重唱からアンサンブルがずれてひやひやしたけど、それは恐らく発音が遅いシュロットのせいだろう。全体的には歌手とオケの両方を見事に融合させ、確固としたアンサンブルを作り上げていたし、落とすところはスッと引いて出すところは出す、思わず膝を打つような見事な音楽づくりだった。こういうのは劇場たたき上げの職人的指揮者に多いタイプだが、彼は実際はどうなのだろうか。ボローニャ、フェニーチェ、ベルリン・ドイチェ・オパーなどの中堅歌劇場のみならず、オスロ・フィルやピッツバーグなどのシンフォニーオケも指揮しているみたいだからオペラとシンフォニーを両立しているようだ。彼もこれから期待できる若手の一人だと思う。

昔、どこかで「退屈な『フィガロ』上演はありえない。どんな公演でも楽しい」という趣旨の文章を読んだことがある。確か小澤塾のパンフレットの中で、海外の音楽研究家が書いていた文章だったと思う。これは作品の秀逸さを表現した、モーツァルトとダ・ポンテへの賛辞の言葉だが、例えそうだとしても今回のように演技、歌唱共に巧みな歌手が揃った『フィガロ』に出会った時の喜びはひとしおだ。また、名前が世界に知られたスター歌手だけではなく、実力のある若手歌手、指揮者に出会うことができるのもいいことだ。わざわざミュンヘンまで来た甲斐があったというものだ。

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