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ドイツ・スペイン旅行

2012. . 17
本当にご無沙汰しております。このブログを見てる方はもういないんじゃないかと思いますが
今、卒業旅行としてドイツを旅行しており、オペラもいくつか見たのでこれから感想を書いていこうかと思っております。

引き続きよろしくお願い致します!

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チューリヒ歌劇場【カルメン】

2010. . 10
Opernhaus Zürich
G.Bizet “Carmen”

2010.7.8 Thu 19:00

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Carmen・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Vesselina Casarova
Micaëla・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Sandra Trattnigg
Mercédès・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Judith Schmid
Frasquita・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Sen Guo
Don José・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Massimo Giordano
Escamillo・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Massimo Cavalleti
Le Dancaïre・・・・・・・・・・・・・・・・・・DavideFersini
Le Remendado・・・・・・・・・・・・・・・・Boguslaw Bidzi
Moralés・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Krešimir Stražanac
Zuniga・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Morgan Moody

Inszenierung・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Matthias Hartmann
Musikalische Leitung・・・・・・・・・・・・Zsolt Hamar

チューリヒ最終日はカサロヴァ出演の「カルメン」。3日目の「ばらの騎士」より先に更新させていただきます。カサロヴァのこの役は昨年3月にウィーンで聴いて、いまいちパッとしない印象を受けたが、その時よりはこの役の歌唱が練れてきているとは思う。それよりこの日は演出の方に注目がいった。

ハルトマンのこのプロダクションは2年前の制作で、プレミエの時もカサロヴァが歌った。ホセはカウフマンだったことが、パンフレットの写真を見るとわかる。3幕のカサロヴァの舞台写真は、昨年のカサロヴァの「カルメン」来日公演の際のチラシに使われてお馴染み。大きな満月をバックに、カードの死の予言に戦慄する場面である。この満月は実際の月の写真を拡大したもので、視覚的にとても幻想的な効果があった。関係はないが、この満月を前にホセとエスカミ―リョが決闘する場面は、「トロヴァトーレ」のマンリーコとルーナ伯爵の決闘を想わせた。

この「カルメン」は、全体を通して円形のテーブルのような舞台の上で展開される。竜騎兵達は現代のスペインの警察にされ、1幕の舞台には「Policia」と書いてあるパラソルとデッキチェアが舞台に置かれている。幕が開くと、警官たちは揃って手で股間を持ち上げる振付で観客を笑わせる。煙草工場は扉だけ現れ、上からタバコのネオンサインが下げられている。なかなかキッチュ。

2幕は酒場のイスとテーブル、電柱から引っ張られた電球があるのみ。そして白黒テレビがサッカーの試合を映している(途中から闘牛の試合に切り替わる)。場末の酒場感は出ている。3幕ではさっきも言った巨大な満月を背景に密輸業者たちが運んできた物資が置かれるのみ。その中にはスーパー帰りのようなナイロンバッグを提げたやつも見える。4幕では闘牛場は現れず、「魔笛」の2幕でパパゲーノが首を吊ろうとする木のような樹があるだけ。群衆は客席の方に闘牛士たちの行進がある体で手を振ったり、歓声を上げたりする。最近よく見るパターン。

プロンプターボックスの覆いの部分には各幕で違うものが置かれていた。1幕ではゴールデンレトリーバーのような眠っている犬の人形が置かれ、カルメンがなでたりするとしっぽや耳がピクピク動き、温かい笑いが会場に溢れた。2幕は密輸用の箱、3幕では岩、4幕では闘牛の頭蓋骨の載った箱だった。とくに話の流れに関わってくるわけではないが、アクセサリー的要素でなかなかチャーミング。

カルメンは髪に赤い花を挿し、黒系のすっきりとしたワンピースに身を包んでいる。情熱的なジプシー女というより、ひとクセもふたクセもある独特な女という雰囲気を醸し出していた。まぁそれはカサロヴァのひとクセもふたクセもある歌い方のおかげでもあると思うが。下からしゃくりあげるような癖のある歌い方と、音の頭にアクセントをつけるクセは、いつも思うが年々大袈裟になっていると思う。もうここまで来ると「強烈な個性」という言葉では収まりきらない何かを感じる(笑)。ウィーンではゼッフィレッリの演出で、もちろんオーソドックス。白いドレスのようなものを着ていたと思うが、そういう時代物よりは、今回のような現代の女の方がイメージにしっくりくる。

ホセは、1幕冒頭でミカエラのワンピースを脱がせちゃうほど下衆で乱暴な他の警察官と違い、メガネをかけていかにも真面目で、女なんか興味ないといったいで立ちで出てくる。でも上官スニガが突然現れて、慌てて敬礼した拍子に落としてしまった雑誌は女性のヌード雑誌だったから、二次元はいいけど生身の女(母親以外)には興味がない種類の男子なのかもしれない。現代っ子っぽい(笑) なかなか可愛いミカエラが、ホセに母親の手紙を届けるついでに「母親から」といってキスするときも、ホセは口にはせずにおでこにするだけだった。それで残念がるいじらしいミカエラ、そしてにこにこして手を握るだけのホセが微笑ましく、会場もにこにこしていた。

カルメンが登場し、警官たちの欲望に満ちた視線を浴びながら「ハバネラ」を歌う。その後、カルメンは胸元に挿していた花をホセに投げつけるのではなく、渡す。ホセもスニガに「僕、こんなものもらっちゃいましたよ!まぁ興味ないですけどね」というような仕草を見せ、花の匂いを嗅ぐ。カルメンがケンカ騒ぎを起こし、ホセがカルメンの護送を任されるが、カルメンの酒場への誘いをポワっとして聞いていると、カルメンを縛るための縄はいつの間にかカルメンが持っていて、立場が逆転している。もうすでにホセの心はもうカルメンに縛られているというわけだ。

2幕、「花の歌」を歌い終わった後、ホセはカルメンの膝の上に泣き崩れる。カルメンはいままで女性に興味がなかったホセの何かを大きく変えてしまった。それは、何よりも大切な母親を裏切る行為であり、自分が今まで頑なに守ってきた信条のようなものを破ること。その喪失感から、きっとホセは泣き崩れたのだと思う。いろいろな意味でカルメンはホセという男の人生を180度変えてしまった。

ホセを歌ったジョルダーノは綺麗な歌のフォルムと明るい声、伸びのある強い高音が魅力的。かなり良く歌えているが、pが苦手なよう。もしくはあまりpで歌う気がないのかもしれない。1幕のミカエラとの2重唱は、もともとあまり声量がある方ではないミカエラのTrattniggの声をかき消すほど彼が歌い過ぎてしまい、バランスの悪いデュエットになってしまった。2人ともいい声をしていたのに残念。3幕や4幕で激しい感情をぶちまけるところは雄雄しく吠えていていいと思うが、全体的に一本調子に聞こえなくもない。高音は力強く、「花の歌」のクライマックスの高音はファルセットを使わず地声で歌いきった。でもやはりこの歌のリリカルな面はあまり出せていなかった。それと歌が全然フランス語っぽく聞こえなくて、最初イタリア語訳で歌っているのかと思ったほど(笑) それでもなぜか好きな歌手です。

エスカミーリョのカヴァレッティは、やや荒っぽいが、豊かな声量と鋭い高音でなかなかいいエスカミーリョだった。登場の「闘牛士の歌」はシンプルなように聞こえるが、出だしの音域が響きにくいせいかあまり声が聞こえない歌手が多い。だけど彼の力強い声はよく聞こえてきた。髪の毛を後ろに縛ったスペイン男風のなりで出てきたので、いやがおうにも「フィガロ」を思い出した。そういえば1月、この劇場の「セヴィリア」であの骨太なフィガロを歌っていたのも彼だったっけ。ジョルダーノもカヴァレッティもマッシモ。2人ともイタリア人だが、ルッカとポンペイ出身という大きな違いが。ジョルダーノはナポリ訛りで喋るのかな??

ミカエラのTrattniggは透明感のある抒情的な声で、音符を丁寧に歌っていて好感が持てた。遠目に見てだけど、可憐なミカエラのイメージ通りの容姿。こういうことは結構大事。ミカエラがぽっちゃりだったり、おばさんだったりするとホセがカルメンに行ってしまうのが当たり前に思えてしまう。カルメンと違う種類の、可愛らしい魅力がないとドラマに説得力がなくなってしまうと思う。「あぁ~、ホセったらこんな可愛いフィアンセがいるのにカルメンに誘惑されちゃって・・・ダメだなぁ。。けどわかるかもなぁ」と思わせるミカエラがいい。個人的な趣味として。歌の方も健闘していたが、音程が安定しない部分も多々見られて安心して聞いていられるというわけではなかった。まだ若い声といった印象。9年前デヴューだから今30ちょっと過ぎかな。これからに期待。

ギラギラしたいやらしい上官スニガのムーディや、裸に黒革ベスト、マッチョなダンカイロのフェルシーニなど、脇役にもキャラに合った歌手を起用。2幕の密輸仲間5人の重唱は、なにやら振付を覚えるのが大変そうでアンサンブルが崩れていた。密輸業者4人の中で音楽的にはフラスキータのグオが良かった。

指揮のハマーはまだ若いようだが、きびきびとメリハリのあるテンポの運びがなかなか上手いと感じさせる。1幕のホセとミカエラの2重唱、3幕のカルタの3重唱の中間部など、テンポを遅くするところはかなりゆっくり歌わせ、ジプシーの歌ではクレシェンドとともに首尾よくアッチェレランドをかけて自然な盛り上がりを作り上げた。

4幕、群衆が三々五々散っていき、舞台上にカルメンとホセが残るシーンの音楽は、前奏曲のテーマを木管が軽やかに奏でている最中に、弦が低音で死の予感を感じさせるような下降音階が挟む。ハマーは軽快な木管のメロディとは対照的に、その下降音階の部分はぐっとテンポを落とし、コントラバスの低音を一層効かせ、賑やかな群衆の場面からカルメンの死の場面への移行、そしてカルメンが感じているただならぬホセの気配を観客の耳に直接的に感じさせる効果を巧みに生みだしていた。

ちなみに、曲と曲の間はセリフではなく、伴奏つきのレチタティーヴォが挿入されるギロー版だった。それに加えて今まで聞いたことのない曲が何曲か入っていた。1幕冒頭、ミカエラが暇な竜騎兵たちの誘いを断り逃げた後に
、恐らく「女どもはまったく~」(全く分からないフランス語の単語と字幕のドイツ語の単語を拾い集めて判断したため、全く違うかもしれませんが・・。)という内容のモラレスと合唱の曲が挿入されていた。4幕の冒頭は群衆の合唱第1曲目(プログラムやオレンジなどの売り子でにぎわっているやつ)がカットされていた。先日見たミュンヘンの「カルメン」でもここはカットされていた。新しい習慣なのだろうか??

カーテンコールではドイツ語圏では初めて聞く、フランス式の手拍子がどこからともなく始まった。出演者はなぜか少し困惑した感じで、カサロヴァがうやうやしくお辞儀をくり返していた。それに対しジョルダーノは南イタリア人らしい陽気な雰囲気で勢いよくにこにこして出てきた。人を一人刺殺して、「僕を逮捕してください」と叫んでむせび泣く演技をした1分後にこの切り替えができるのはある意味尊敬する。ウィーンでのクーラはまだ演技の中から抜け出せてないような、精神的に参っているような重々しい調子で出てきたので対照的すぎる。どちらかというとクーラみたいな人の方が多いと思う。カーテンコールもオペラの見所の1つですね(笑)。

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チューリヒ歌劇場【魔弾の射手】

2010. . 10
Opernhaus Zürich
C.M.v.Weber "Der Freischütz"

2010.7.6 Tue 19:30

Ottkar・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Martin Gantner
Kuno・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Rolf Haunstein
Agathe・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Petra Maria Schnitzer
Ännchen・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Malin Hartelius
Kaspar・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Kurt Rydl
Max・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Peter Seiffert
Ein Eremit・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Andreas Hörl
Kilian・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Andreas Winkler
Samiel・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Joel Singh
Vier Brautjungfern・・・・・・・・・・・・・・・・・Camille Butcher, Susanne Elle Grobholz, Theresa Sedlmair, Huiling Zhu

Inszenierung・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ruth Berghaus
Musikalische Leitung・・・・・・・・・・・・・・・Peter Schneider

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チューリヒ2日目はベルクハウス演出の「魔弾の射手」。このプロダクションはDVDになっていて、ザイフェルト、ハルテリウスが同じ配役で出ている。もう10年以上前のプロダクションだが、簡潔な舞台装置、シュールな群衆の動かし方などまだまだ色あせてはいない。特に狼谷の急な斜面を黒い服を着た人々が4足歩行で這いまわったり、転がったりする場面は得も言われぬ不気味さと、現実離れした世界を味あわせてくれる。

歌手はベテランが中心で、脇役まで安定していて楽しめた。お気に入りのヘルデン・テノール、ザイフェルトは今回も声量も表現力も豊かで、期待を裏切らない見事な歌唱。ヘルデンテノールといってもロブストで筋骨隆々の声をしているわけではなく、透き通っていてどちらかというとリリカルといってもいいほど。今回の演出のマックスは眼鏡をかけ、本ばかり読んでいて、狩りにはあまり興味がなくなってしまったというような役どころだったので、そのような「ちょっとダメ」な狩人によく合った声質に思えた。

カスパールを歌ったリドルはつい先月、ケルンの「ラインの黄金」で聴いたばかり。その時も感じたが、波の大きなヴィブラートがかかって音程が不安定になるところがたまにあり、もうお歳は隠せないご様子。しかしそんなことは忘れてしまうぐらい凄まじい声量、輪郭のはっきりとした朗々と響く低音に痺っぱなしだった。その通る声でのドイツ語の巻き舌の発音は、なんだかすごく小気味よく響いた。映画「ディパーテッド」でジャック・ニコルソン演じるマフィアのボスのような、クセのあるキャラクターを巧く演じていた。彼は小太り、そしてザイフェルトは大柄なのでよくあるテノールとバスの体格の構図を完璧に逆転させていて、なぜかニヤリとしてしまった。

強力な男声陣に比べると女声はやや小ぶり。アガーテを歌ったシュニッツァーは2幕での伸びのある高音で「おっ」と思ったが、全体的にはムラがあるという印象を持った。3幕の独唱ではあえてppにしようとしたのかもしれないが、ほぼ声が聞こえなかった。弱音を聴かせるならばもうちょっとオケが抑えるべきだったのかな?

それに対してハルテリウスのエンヒェンは始終安定していて、表現力も豊か。深めの声の持ち主で、エンヒェンの軽いキャラクターと少々イメージが違わないでもないが、軽妙な演技を以ってそのギャップを補った。

クーノーのハウンシュタイン、オットカールのガントナーといったこの劇場常連の脇役の堅さもお見事。特にガントナーは新国の「タンホイザー」でヴォルフラムを歌ったのを聴いて以来、その明るく温かく響くハイヴォイスが気に入っている。

キリアンのヴィンクラー、隠者のホルは若手だが、ベテラン共演者とともに健闘。特にホルはここの「ラ・ボエーム」のコッリーネも以前聴いたが、深みのある思慮深い声をしている。哲学者や隠者といった役柄がぴったりの大柄な若手バス。

 3幕でアガーテのもとに、花嫁祝福の歌を歌いに来る4人の娘は昨日のコンサートにも出演していたオペラスタジオのメンバーたち。こういった大舞台に出演できるのだからそれはいい経験になるだろう。それにしてもみんな声も良く、堂々としている。

 シュナイダーの指揮は職人気質の剛健質実としたもの。奇をてらう解釈はないが聞かせどころを押さえている。序曲ではチェロなどの内声をフッと浮かび上がらせてみたり、ホルンのアンサンブルの音量を一回目と二回目で変えたり。オケは肝心のホルンがオペラ本編ではたまにはずしていた。序曲は見事だったんだけど・・・。いつも思うがここのホルンは乾いた独特の響きがする。それは劇場の残響のなさのせいもあるだろうが、良し悪しは別にしてあまり潤いがない音色。それに対してオーボエがやけに艶っぽい音色をしていた。座った席のせいか(1階4列目上手寄り)、ファゴットの音だけマイクで増強されているように浮き立って聞こえた。この場所だと、普段あまり聞こえないファゴットがいかに重要なパートを担っているかが分かって、妙な感動を覚えた(笑)

 休憩は、狼谷で魔弾を鋳造し終わった後に挟まれた。現実離れした狼谷の奇妙な舞台、そしてマックスがザミエルを呼ぶ叫び声で幕が閉じ、拍手も力なく、席を立っても観客たちは一様に何かにとり憑かれたように黙っていた。それだけこの世とあの世、現実と非現実の狭間の危ういこの場面を観るのはグッタリする。1821年当時にここまでのドラマティックなシーンを生みだしたウェーバーの才能にも驚かされる。

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チューリヒ歌劇場 インターナショナル・オペラスタジオ演奏会

2010. . 07
Opernhaus Zürich
Schlusskonzert des Internationalen Opernstudios

2010.7.5 Mon 19:30

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【プログラム】
R.シュトラウス:「ろばの影」(Des Esels Schatten)から
Vorspiel
1.Bild,Nr.1 Hart ist der Weg
1.Bils,Nr.2 Ihr seid ein Narr
3.Bild,Nr.5 Lied des Kenteterion

Antrax:Michael Laurenz
Struthion:Thomas Tatzl
Kenteterion:George Humphreys

A.ロルツィング:「ロシア皇帝と船大工」(Zar und Zimmermann)から
Nr.11 (2 Akt), Brautlied

Marie:Camille Butcher

D.チマローザ:「秘密の結婚」(Il matrimonio segreto)から
4. Szene(1.Akt), Le faccio un inchino

Carolina:Susann Kalauka
Elisetta:Andrea Schwendener
Fidalma:Susanne Elle Grobholz

A.ルービンシュタイン:「悪魔」(Der Dämon)から
2.Akt, Na vozdushnom okeane (Auf dem Ozean der Lüfte)

Dämon:Igor Bakan

N.リムスキー=コルサコフ:「皇帝の花嫁」(Die Zarenbraut)
4. Akt, Ivan Sergejewitsch, khotschesch v sad pojdjom

Marfa:Agnieszka Adamczak

D.ショスタコーヴィチ:日本の詩による6つのロマンスから 第4曲「V pervyj i v poslednyj raz」
Shinya Kitazima (北嶋信也)

R.シュトラウス:「ろばの影」(Des Esels Schatten)から
4. Bild, Nr.7 Protektion ist alles hier im Leben

Gorgo:Teresa Sedlmair
Krobyle:Susanne Elle Grobholz
Antrax:Michael Laurenz

G.ロッシーニ:「セヴィリアの理髪師」(Il Barbiere di Siviglia)から
Nr. 2(1. Akt), Largo al factotum della cittá

Figaro:Pablo Ricardo Bemsch

A.ボーイト:「メフィストフェレ」(Mefistofele)から
1.Akt, Son lo spirito che nega sempre

Mefistofele:Adam Palka

J.オッフェンバック:「ジェロルスティン女大公殿下」(La Grande-Duchesse de Gerolstein)から
7. Szene, Nr. 3 b Ah! que j'ame les militaires

Die Grossherzogin:Mariana Carnovali
Ensemble

~休憩~

I.ストラヴィンスキー:「放蕩者の成り行き」(The Rake's Progress)から
2. Szene(2. Akt), How strange

Anne Trulove:Camille Butcher
Baba die Türkin:Susanne Drexl
Tom Rakewell:Simon Wallfisch
Ensemble

G.ビゼー:「カルメン」(Carmen)から
Nr. 11(2. Akt), Les tringles des sistres tintaient

Carmen:Huiling Zhu
Frasquita:Agnieszka Adamczak
Mercédès:Mariana Carnovali

R.シュトラウス:クレメンス・ブレンターノの詩による6つの詩(Sechs Lieder nach Gedichten von Clemens Brentano)から
Ⅱ. Ich wollt ein Sträusslein binden
Ⅴ. Amor

Susann Kalauka
Teresa Sedlmair

B.スメタナ:「売られた花嫁」(Die verkaufte Braut)から
3. Szene(2. Akt), Známt' já jednu divčinu

Marie:Stefanie C. Braun
Wenzel:Shinya Kitajima (北嶋信也)

G.ロッシーニ:「ランスへの旅」(Il viaggio a Reims)から
Nr. 9(Finale), Ora secondo l'uso

Baron von Trombonok:Thomas Tatzl
Marchesa Maliba:Andrea Schwendener
Graf Libenskof:Michael Laurenz
Don Alvaro:Pablo Ricardo Bemsch
Lord Sidney:George Humphreys
Ensamble

R.シュトラウス:「ろばの影」(Des Esels Schatten)から
Nr. 13(Finale), So geht in Eintracht

Ensemble

Musikalische Leitung・・・・・・・・・・・・・・Thomas Barthel
Regie・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Gudrun Hartmann

Symphonieorchester Vorarlberg


ついに最後の欧州オペラ旅行になってしまいました・・。そこで選んだのはやっぱりチューリヒ。もう4回目になりますが、今はフェストシュピール(音楽祭みたいなの)をやっているので毎日スター歌手が出演。まぁ、ここはもともと有名歌手がバンバン出ますが。

今はチューリヒで「魔弾の射手」「ばらの騎士」「カルメン」を見たあとにミラノに移り、留学生活最後にスカラの「セヴィリアの理髪師」を見て締めくくろうと思っていたのですが、チケットを確保していた初日(9日、フローレス、コルベッリ、ディ・ドナートら出演)がなんとショーペロ(ストライキ)で公演キャンセルになってしまい、払い戻しをしてきたところです。そのお金で今日のチケットを確保しましたが、フローレスもコルベッリも生で聴いたことがなかったので残念でなりません。ちなみに今日の歌手はブラウンリー、デ・シモーネなどです(知っている名前は2人だけ)。それにしてもこういうことが割と頻繁に起こるらしいですから、イタリアという国は危険です。

 さて、チューリヒ初日はフェストシュピールの中でもオペラではなく演奏会に行きました。それも”Das Internationale Opernstudio”のメンバーによる演奏会。歌劇場付属の新人育成プログラムで、スイス人、ドイツ人、イギリス人、ポーランド人、オーストリア人、カナダ人、リトアニア人、アルゼンチン人、日本人、中国人ら21人で構成されているなんとも国際的なプログラム。新人とはいえ、チューリヒで研鑽を積んだ、もしくはここのお眼鏡にかなった才能ある歌手達だからなかなかの実力。それにしても渋い選曲で驚いた!ポピュラーといえるのは「セヴィリア」と「カルメン」ぐらい。「ランスへの旅」や「売られた花嫁」「放蕩者のなりゆき」あたりはまだいいとして、R.シュトラウスの未完のオペレッタ「ロバの影」や、アントン・ルービンシュタインの「悪魔」なんてオペラ、聞いたこともなかったです。そして演奏会と銘打っていながらもやはりここは歌劇場。なかなかしっかりした舞台装置と衣装を使って、目にも十分に楽しめる構成になっていた。

彼らはすでにこの劇場の脇役で出演している人たちがほとんどで、大歌手との共演もしている。ここの出身だとは知らずに今まで聞いたことがあった歌手もちらほら。

特に印象に残ったのは「クレメンス・ブレンターノの詩による6つの詩」のアモールを歌ったTeresa Sedlmairというカナダのソプラノ。華奢な身体で、鋭い高音を自由自在に操る。声量もすごい。若い歌手だなぁと思ったらなんと1988年生まれ!僕と同じでした。これからの活躍が楽しみな逸材。

「皇帝の花嫁」を歌ったAgnieszka Adamczakというポーランド出身のソプラノもいい。冷たく硬質な響きの声だが、声自体の美しさはずば抜けていた。伸びのある高音、ダイナミックレンジも豊か。

男声ではメフィストを歌ったAdam Palkaというバスがいい声をしていた。この役に必要な悪魔的な凄味もあった。それにしてもこの役を歌うには指笛か口笛が吹けなくちゃいけないのか・・大変だな。

日本の北嶋信也も大健闘。特に2曲目の「売られた花嫁」では小柄な彼がにこにこしながらボヘミアの民族衣装を着て出てくるところは会場が温かい笑いに包まれた。半ズボンはいていたし、相手役のC. Braunが彼より背が高いので子供にしか見えない!歌唱もなかなか。

北嶋が1曲目に歌ったのはショスタコーヴィチ。しかしルービンシュタイン、リムスキー=コルサコフに続いて、ショスタコーヴィチの「日本の詩による6つのロマンス」というプログラミングもすごい。

未来が楽しみたちな歌手の熱演に触れて、幸せな気分になった夜でした。未来のチューリヒ看板歌手もここから生まれてくるのかな・・。

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ハンガリー国立歌劇場 【皇帝ティートの慈悲】

2010. . 06
Magyar Állami Operaház
W.A.Mozart "La Clemenza di Tito"

2010.5.16 Sun 11:00

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大変ご無沙汰をしております。このブログではハンガリーに行ったっきりになっていますが、今はチューリヒにいます。いよいよ欧州生活も大詰めになったところでやっと時間ができたので、やっと更新させていただきます。すみません。

ブダペスト2日目は待ちに待った国立オペラ。ウィーンの楽友協会、ゴールデンザールの「オペラ劇場版」といったような金色煌びやかな劇場。幸いにもロイヤルシートのすぐ隣のボックスの1列目で鑑賞できたので、それはもう貴族のような気分になれた。今まで行ったことのあるオペラハウスの中で間違いなく1番豪華で優雅な劇場。

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大きさは昨日行ったヴィーグよりは大きいもののフェニーチェよりも小さく、舞台はオペラグラスなしでもよく見える。そして音響がすこぶる良い。響き過ぎることなく、ちょうどよい残響時間。音響の面でも、今まで行った劇場の中でも屈指の良さ。

朝の11時からオペラというのもまた不思議な感じ。

昨日の「魔笛」に続いてまたモーツァルト。しかも偶然にも後期の2作を続けて見る結果となった。しかしいろんな面で昨日の公演とは違ったことがあった。

まずオケがとてもシンフォニックな響きだ。実際に編成は「魔笛」より大きいのかもしれない。日曜朝の公演だからかどうかはわからないが、女性奏者は私服の人もちらほら。花柄ブラウスを着ていた1番オーボエのおばちゃんがやけに目立った。

アダムの指揮はオケとの信頼感が伝わってくるような、安定した響きを引き出していた。このオペラにはコンチェルトかと思うほどクラリネットとバセットホルンが活躍するアリアが2曲あるが、どちらもお見事だ。セストが歌うアリアは1番吹きが微妙な強弱と間を巧く取り、緊張感のあるソロを聴かせた。歌手以上に登場人物の心情を現していると思うほど。2幕、ヴィッテリアのアリアは本来バセットホルンがお供するが、今回はアルトクラリネットを2番奏者が吹いていた。こちらからは1番奏者と対照的に、聴いている人を安心させるような温かい音色と安定感を感じた。まさに適材適所といったところ。この日一番の拍手はこの2人のクラ奏者に送りたい。

演出はもはや何もないようなものだった。張りぼてのローマ時代の建物があり、その前で歌手たちが衣装をつけて歌う程度のものだった。まだNHKのニューイヤーオペラコンサートの方がまともなセットと言えそうなぐらい。

歌手で1番良かったのはヴィッテリアを歌ったTünde。深くてムラのない声(高音が少々絶叫系になるきらいがあるにせよ)がこの劇場の音響のお陰で余計に魅力的に響いた。

セストのAndreaも声量十分で劇場を包み込むような声だったが、もうすこし深い声質だとよかった。彼女は言ってしまえばすこし「うすっぺらい」声だった。

ティートを歌ったのはBentch。名前から察するところ、イギリス系だろうか。イタリア語の発音、特に「R」がたまに英語訛りになってしまい聞きづらかった。これはイタリアでは歌えないなと思った。だからイタリア語を話す人が少ないハンガリーで歌っているのか、などと余計な詮索までしてしまった。声自体もやや癖があり、個人的には好きになれない。個人的に好きではないテナー、ジョン・オズボーンに似た歌い方だったし。

カーテンコールの拍手はやはり昨日のような手拍子形式。しかし公演の出来のせいか、昨日より熱心ではなかった。あまり熱心に拍手を送りたくなるような歌手がいなかったというのも事実。

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ハンガリー国立歌劇場は来日公演をしばしば行っている。僕も何年か前にエヴァ・マルトンが出演する「トゥーランドット」を見に行った。来日公演のチラシに「ニキシュ、ショルティらが指揮し」「豪華絢爛な建築」といったことが書いてあった気がするが、そういうのは実際この劇場に来て目で、空気で感じなければ分からないことのように思う。もちろんウィーン国立やスカラ座などの一流歌劇場は音楽的に充実したものを聴かせてくれるだろうからいいが(出来ればその箱で楽しみたいものだが)、ここのように必ずしも音楽的に世界に誇れるほどではない場合に、その歴史や歌劇場の建物自体を客寄せ要素として宣伝するのはどうかと思うわけです。もちろん「あ、綺麗な建物で公演してるからレヴェルも高いんだ」と思ってチケットを買う日本のお客さんがいるとも思えないですが。

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